革心2/小説「新・人間革命」


【「聖教新聞」 2015年(平成27年) 4月30日(木)より転載】

 

【革心2)

 山本伸一は、十年の来し方を振り返った。

 一九六八年(昭和四十三年)九月八日、東京・両国の日大講堂で行われた、第十一回学生部総会の席上、伸一は、日中問題について言及し、問題解決への方途として、三点を訴えたのである。

 第一に、中国の存在を正式に承認し、国交を正常化すること。

 第二に、中国の国連における正当な地位を回復すること。

 第三に、日中の経済的・文化的な交流を推進すること。

 そして、こう呼びかけた。

 「諸君が、社会の中核となった時には、日本の青年も、中国の青年も、ともに手を取り合って、明るい世界の建設に、笑みを交わしながら働いていけるようでなくてはならない。

 この日本、中国を軸として、アジアのあらゆる民衆が互いに助け合い、守り合っていくようになった時こそ、今日のアジアを覆う戦争の残虐と貧困の暗雲が吹き払われ、希望と幸せの陽光が燦々と降り注ぐ時代である――と、私は言いたいのであります」

 この提言に、大反響が広がった。

 日中友好を真摯に願ってきた人たちは、諸手を挙げて賛同したが、同時に、その何倍もの、激しい非難中傷の集中砲火を浴びた。

 学生部総会三日後の日米安全保障会議の席でも、外務省の高官が、強い不満の意を表明している。しかし、提言は、すべてを覚悟のうえでのことであった。冷戦下の、不信と憎悪で硬直した時代の岩盤を穿ち、アジアの、世界の未来を開くべきだというのだ。命の危険にさらされて当然であろう。

 命を懸ける覚悟なくして、信念は貫けない。

 伸一は、さらに、翌六九年(同四十四年)の六月、「聖教新聞」に連載していた小説『人間革命』の第五巻で、こう訴えた。

 ――日本は、自ら地球上のあらゆる国々と平和と友好の条約を結ぶべきであり、「まず、中華人民共和国との平和友好条約の締結を最優先すべき」である。

 

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